どうして環境問題が取り沙汰されるような今日まで、環境保護は放って置かれたのでしょうか?それは、自由主義経済のプラス面とマイナス面のうち、マイナス面だといえるでしょう。
基本的に自由主義経済においては、売り手と買い手の意思により、モノの価格は決定されることになります。あるモノを売り手が買い手に押し付けようとしても、その価格が気に入らなければ買い手は「いりません」と意思表示をすることができます。これにより、近代の資本主義国家は今の繁栄を築いたといえるでしょう。これが、プラスの面です。
しかし、です。一つ忘れている部分があります。例をあげましょう。ある企業Aが経済活動を行い、環境破壊を行ったとします。本来、その被害は企業Aが費用をかけて対策をしなくてはならないのに、地元の住民は、その被害を住民全員で負担していることになります。空気が汚れたとしても、売り手(企業Aによる、無料の空気汚染販売)の押し付けに、買い手が「いりません」といえないのです。(厳密にいうと、気がついていない、すなわち、市場で正当に評価されていない、ということ。)
また、「きれいな澄んだ空気」というものに関しては公共財です。これは、自分がどんなにきれいに保つ努力をしたとしても、自分一人のものにはなりません。むしろ、自分が努力をせずに、他人がきれいにしてくれると、それが一番おいしい、という結果になります。みんながみんな同じ様に考えますので、誰も「きれいな澄んだ空気」を実現しようとしません。こうして、どんどんと悪循環は進んでしまうのです。しかし、今は「他のひと」に任せられるほど残された時間は多くないような気がします。一人一人が自覚をもち、少しずつでも良いので環境問題に取り組む必要があるといえるでしょう。
|環境問題・環境保護〜サルでもわかる〜TOP|サイト利用時の注意点|
環境問題・環境保護〜サルでもわかる〜 All Rights Reserved. 2007 lastupdate:08/07/08